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ugandakonpei

Author:ugandakonpei


青年海外協力隊現職教員参加制度でウガンダに派遣中。
帰国は平成23年3月21日


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のほほんとアフリカのてっぺんに登ってみた 3日目

 
2011/02/20(Sun) Category : キリマンジャロ登山記
目がさめたので時計を見ると、まだ朝の5時であった。
夜が明けてないのかあたりはまだ暗く、隣のS隊員を見ると静かに寝息を立てながら寝ていた。
S隊員を起こさないように静かにテントを出ると、冷気がぼんやりとした頭を目覚めさせる。
ヘッドライトの光を頼りにトイレに行こうとするが、テントから距離が離れているせいかわかりづらい。
なんとかたどり着き、用を足してテントに戻ってしばらくの間、テントの外で夜が明けるのを待つことにした。
P1000666.jpg
朝焼けのキリマンジャロを見たあと、いつものように身支度を整えてから朝ごはんを食べるのであった。
今日の行程は4600mにあるラバタワーまで登り、3950mのバランコ・キャンプまで下るという高地順応の日である。
8時20分に出発した我々は霧の中、歩きやすいが変化に乏しい道を延々と登っていくのだった。
P1000667.jpg
登り始めて30分もしないうちに早くも疲れが出てきた俺は、初め体調が良くないだけかと思っていた。
しかしだんだんと頭痛と吐き気がひどくなり、歩くのもしんどい有様。
「とうとう高山病がきたか、、、」と思っていた矢先、後ろを歩いていたA隊員が嘔吐。
俺だけでなくA隊員も高山病に苦しんでいたのだ。
しかし、正直言ってその時の自分にはA隊員のことを心配できるほど余裕はなかった。
なぜならこの後昼休憩を取るまでの4時間近くは意識が朦朧としてしまいあまり覚えていないからだ。
あとから聞いた話によるとふらふらと足もとがおぼつかなかったらしい。
そして昼食。
P1000668.jpg
少しでも食べないと身体がもたないだろうと思い、無理やりパンをひとつ食べる。
この調子だと脱落するかもなぁと思っていたところ、オーガストが提案をしてきた。
「このままラバタワーに行く人と、ラバタワーまで行かずにそのままバランコ・キャンプに行く人と分かれてもいいよ。どうする?」
当然このままだとラバタワーなんか行けるわけがないと思っていた俺はそっとA隊員の様子を伺った。
同じように高山病で苦しんでいるA隊員のことだから、きっとそのままバランコ・キャンプに行くことにするだろうと思っていたのだが、A隊員から出た言葉は
「ラバタワー行きます。」
であった。
それを聞いた俺は心のなかで「まじか!!」と叫んでいたのだ。
正直ラバタワーに行く元気などなかった俺はA隊員が「行かない」と言ったら「俺も行くのやめます」と言おうと思っていたのだが、予想外の言葉に焦って出た言葉は、
「じゃあ、俺も行きます。」
であった。
A隊員のこの小さな身体のどこのそんな根性があるのか不思議でしょうがなかったが、行くとなったものは仕方がない。
小ぶりの雨の中、ラバタワー目指して我々は出発するのであった。
相変わらず意識朦朧としながら歩いていたのだが、やや下りの道の途中に急に意識がはっきりしてくるのがわかった。
そしてその後は少しずつ元気を取り戻し、なんとかラバタワー(4600m)に到着したのだった。
あいにく霧がひどくてラバタワーがはっきりとは見えないが、富士山の頂上よりもさらに1000m近くも高いところにいるという興奮で今までの疲れを忘れていた。
P1000672.jpg
しかし、A隊員は無理がたたったのかすぐにバランコ・キャンプに向けて下山。
我々もその後を追うように下山するのであった。
バランコ・キャンプに向かうまでの道のりにはジャイアント・セネシオがいたるところ生えていた。
P1000702.jpg
バランコ・キャンプに到着してもA隊員の具合はよくならず、テントでも嘔吐するという事態に不安になる我々であった。
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のほほんとアフリカのてっぺんに登ってみた 2日目

 
2011/02/12(Sat) Category : キリマンジャロ登山記
夜中に何度も目が覚めた。
寝ていたはずなのに心臓の鼓動が早い。
寝返りをうつたびにさらに早くなるのがわかる。
なんとか深呼吸を繰り返し、心臓が落ち着かせようとする。
そんなことを繰り返しながら2日目の朝を迎えた。

起床し少しぼんやりしているとポーターが洗面器1杯分のお湯を持ってきてくれた。
このお湯を二人で分けながら顔を洗う。
身支度を終えて、朝食食べたら出発である。
昨日と同じくサブガイドのジョージがゆっくりゆっくりと歩く後ろをゆっくりゆっくりとついていく。
昨日と違うのは足もとが土ではなく、岩場であるということである。
P1000592.jpg
もし雨でも降っていれば滑ってしまい危険なのだろうが、幸い天気も良い。
初めはゆっくりゆっくりジョージの後ろを歩いていたのだが、だんだんペースが合わず歩きづらいので俺はジョージの先を歩くことにした。
深呼吸を意識しながら一歩一歩足をすすめる。
呼吸が乱れたらほんの少し立ち止まり、深呼吸。
後ろを振り向くと、昨日までの道のりが眼下に広がっていた。
P1000594.jpg
3時間ほど歩いたところで休憩。
用意してきたお菓子をみんなで分けながら食べていると、下の方から緊急事態を知らせるような声が聞こえてきた。
「なんかあったの?」とジョージに問いかけるも、「なんでもないよ。」とかえされる。
なんでもないならよかったと安堵しつつも、残る微かな不安。
充分休憩したのでそろそろ出発かなと思うも、なかなか出発しようとしないジョージ。
しかも先程からなんども携帯で電話をしている。
「やっぱりなんかあったのかなぁ。」と囁き合っていると、ようやくジョージが出発した。
前半と同じく岩場の道が続き、場所によっては手で支えなければ危ないポイントもあったが、その横をポーターはヒョイヒョイと通りすぎていく。
P1000627.jpg
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1時間ほどでニューシラーキャンプに到着。
P1000631.jpg
思った以上に他のメンバーよりも先に来てしまったのか、20分ほど皆が来るのを待っていた。
しかし予想以上に疲労が強く、曇っているせいか寒くしょうがなかった。
皆が到着してからテントに移動しようと思ったが、自分のバックパックがない!
ジョージに確認すると「もう少しで到着するから心配するな」と言う。
荷物を運ぶポーターよりも早く到着してしまったということか、、、
休憩時のことといい、荷物が到着していないことといい、不安が次第に募っていった。
そしてなんとか荷物も到着し、昼ごはんを食べ終えたあとに我々のところにジョージがやってきて、こう言った。
「トラブルがあって、メインガイドのオーガストとサブのマイケル、ポーターが一人下山した。」
えーーーー!!!!
どういうこと?なんで?ガイドが二人もいなくなってどうするの?
ポーターがケガでもしたんじゃないか、、、
いろんな思いが錯綜する我々。
詳しい事情をジョージは教えてくれず「心配するな」と言うばかりだった。
「明日か明後日にはメインガイドのオーガストも戻ってくる」と言う言葉を信じて我々は登山を続けることにした。
昼食後は散歩と高地順応をかねて、シラ2へ向かうことに。
しかし正直俺は行きたくなかった。
なぜなら疲れていてゆっくり休んでいたかったからだ。
でも高地順応のためには行ったほうがいいと言われ、しぶしぶ出かけることにした。
1時間ほどでシラ2(4060m)に到着し、記念撮影。
P1000651.jpg
そしてまたニューシラーキャンプに戻る。
夕飯までのあいだテントで軽く休憩。
他の皆はD隊員が持ってきたウガンダすごろくで異様に盛り上がっていた。
夕飯は鶏肉のフライとライス。
IMG_0291.jpg
食事が美味しいのが本当にうれしい。
食後にジョージと今後のことについてブリーフィング。
ジージ曰く、今ガイドの二人がこっちに向かっているという。
しかし、あたりはもう真っ暗だし、我々が2日かけて登ってきた道のりを一度下山してまた登ってくるなど信じられない。
ただ明日には合流できそうな様子に皆安堵した。
ブリーフィング後に昨晩と同じくトランプ大会を開催。
ほどなく人影が!
それはなんとメインガイドのオーガストであった。
驚喜する我々にオーガストが詳しい事情を話してくれた。
1日目に泊まったマチャメ・キャンプで我々のポーターの一人とキャンプ場を管理するレンジャーとの間で行き違いから喧嘩になったとのこと。
その仲介のため、ガイドの二人がポーター、レンジャーとともにマチャメ・ゲートの管理事務所まで一旦下山。
そしてサブのマイケルは仲介役として残り、オーガストが新しいサブガイドと共にいま到着したとのことであった。
我々はオーガストの到着に本当に安堵し、ますますオーガストへの信頼を増すのであった。
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のほほんとアフリカのてっぺんに登ってみた 1日目

 
2011/02/03(Thu) Category : キリマンジャロ登山記
身体は少しだるいが、目覚めは悪くなかった。
しかし今日からキリマンジャロに登るはずなのに、まだ実感がわかない。
ただ旅行に来ただけではないのかと錯覚してしまうが、パンパンに膨れ上がったバックパックを背負うと、その重みの分だけ実感が湧いてきた。
荷物を持って朝食を食べに行き、そのままチェックアウト。
8時にホテルを出て、向かう先はスタート地点のマチャメ・ゲートである。
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昨日は頂上付近が雲に隠れていたキリマンジャロも今日はよく見えていた。
初めて見たその姿に否が応にも皆の気持ちは高ぶってくるのであった。
9時15分、マチャメ・ゲートに到着。
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他の登山者があまりいないなぁと思っていたら、次々とトラックが到着し登山者やポーターが降りてきた。
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欧米の登山者は初日ということもあり半袖半ズボンとかなりの軽装だったりもする。
その姿がいかにも登山慣れしているようでかっこいいのである。
かたや我々といえばいかにも素人でっせといわんばかりの格好である。
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ゲートで入山の手続きをしたり、ポーターたちが荷物の分配をしている間、我々は登山前の記念写真を撮ったり、あたりをうろうろとしていた。
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マチャメ・ゲートの高度は1800m、まだ呼吸が苦しいと感じることはない。
しかし、高山病対策には初めから呼吸法が大事であるらしいので、意識的に深呼吸を繰り返す俺であった。
ヒーヒーフー、ヒーヒーフー。
「それはラマーズ法だから。」軽く突き放されてしまった。

10時15分、とうとう出発。
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道も割と整備されているので歩きやすいし、日本の山と同じように森の中を歩いているので涼しくて快適である。
しかしガイドは高山病対策のためなのか、あくまでもゆっくりと登っていくのであった。
そのため我々の大きな荷物を頭の上に抱えたポーターたちがどんどんと抜かしていくのである。
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順調に登っていく我々の一部の人間から「手足が痺れる」という声が聞こえてきた。
そう、それこそ高山病予防薬「ダイアモックス」の副作用なのである。
ダイアモックスを飲んだ4名はこの痺れを訴えるが、我慢ができないほどではなく登山はそのまま続けられた。
だがそれだけではなかったのである。
引き続き薬の服用組を襲った副作用は「頻尿」である。
というか、副作用というよりダイアモックス本来の作用が利尿作用であるらしい。
そのためか幾度と無くH隊員の「トイレ行きたい」という悲しくそれでいて切実な叫びが聞こえてくるのであった。
これ以降、我々は薬服用組のことを「チーム頻尿」とよび、服用していない方を「チームノードラッグ」と呼びことにした。

そんなこんなしているうちに、森の中に突然準備されたテーブルと椅子が出現。
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なんと我々の昼食会場であった。
そこらへんに座りながら軽食をつまむぐらいと考えていた我々はびっくり。
それだけではなく、揚げたばかりのフライドポテトに魚フライ、果物まで出てきたのである。
この昼食に満足した我々はまた意気揚々と山道を登り始めたのであった。
多少雨がぱらついたものの、順調に登っていった3000m近くで急に周りの植物の植生が変わったのがわかった。
そして1日目の宿泊場所マチャメ・ハット(3000m)に到着。
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この時点で俺にとっては未知の高度である。
登っているときは気がつかなかったが、到着して少し落ち着いてからも脈拍がいっこうに遅くなることはなく、常に心臓がバクバクしているのがわかった。
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待望の夕飯はキリマンジャロ山麓に昔から住んでいたチャガ族の伝統食であった。
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これがまた美味しく、食事の不安が一気に消えて行くようであった。
「食後はすぐに寝ると高山病に良くない!」というお父さんのようなE隊員の教えで、トランプで大富豪をやることに。
一瞬俺は以前マーチソンフォールズ国立公園に行った時の悪夢が蘇ったが、天敵の隊員は今回参加していないので安心してゲームに臨んだのであった。
21時にゲームを終え、各自テントに戻る。
一緒のテントに泊まるS隊員と雑談をしているうちに、いつの間にか寝てしまっていた。
 
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のほほんとアフリカのてっぺんに登ってみた 出発編

 
2011/02/01(Tue) Category : キリマンジャロ登山記
目の前には机に突っ伏して眠るD隊員の姿。
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エンテベ空港のカフェでキリマンジャロ国際空港行きの飛行機を待っている時であった。
あろうことか、このD隊員「昨晩夜の3時まで呑んでいたので眠い」とのたまいやがったのである。
これからアフリカ最高峰のキリマンジャロ山に登ろうというのにである。
かすかに殺意を覚えながら、登山を前に不安になっていた俺はいつもとかわらぬD隊員の姿にうらやましくもあった。
勢いでキリマンジャロ山に登ることになったものの、富士山も登ったことのない俺である。
体育会系でもなく、当然登山に興味もない。
では、なぜ登るのか?
やはりアフリカ最高峰の山であるからに他ならない。

ウガンダのエンテベ空港からキリマンジャロ国際空港まではプレジションエアーが直行便を出している。
しかし予想通りの小さい飛行機、プロペラ機である。
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高所恐怖症のD隊員は初めこそ恐れおののいていたが、結局飛行機の中でも爆睡。
つくづく幸せな性格である。
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キリマンジャロ国際空港はこじんまりとした、それでいて感じの良い空港であった。
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我々を迎えてくれたのは今回の登山を率いてくれるメインガイドのオーガストであった。
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今日宿泊するキリマンジャロの麓の町モシに到着。
ホテルでチェックインしたあとはすぐに旅行会社のオフィス兼レンタルショップに移動。
各自登山に足りない装備をレンタルするためである。
出迎えてくれたのは旅行会社の女社長。
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とても感じの良い人である。

しかも、懸念されていたレンタル品も予想以上にいいものを取り揃えている。
俺が借りたのは寝袋とストック、普段背負うデイパックのレインカバーの3つ。
登山靴やダウンジャケットはウガンダの中古マーケットで苦労して探したので借りなかったが、何も持ってなくてもここで全部借りることだって可能である。
レンタル品が決まったあとは、旅行代金の支払い。
結構な金額である。
そしてホテルに戻って、休憩したあと夕食。
夕食後にガイドとの打ち合わせがあった。
打ち合わせにはメインガイドのオーガストとサブガイドのジョージの2人が来た。
ひととおりの話が終わったあと、懸念事項であった薬の話に。
薬とはダイアモックスのことである。
ダイアモックスは本来高山病の薬ではないのだが、高山病にも効くということで服用する登山者が多い。
しかし、高山病の薬として日本で認可されているわけでもないので、服用は自己責任であるし、当然副作用もある。
マラリアの予防薬メフロキンの副作用で痛い目にあったことのある俺は正直躊躇していた。
気になるのは薬剤師の資格を持っているA隊員とH隊員の判断であった。
H隊員はすぐさま服用すると宣言。
A隊員は飲まないとのこと。
薬剤師の中でも意見が別れてしまった。
悩む俺。
高山病も嫌だが、薬の副作用も嫌である。
悩んだ末に飲まないことに決めた。
服用することにしたのは、H隊員、E隊員、S隊員、D隊員の4名。
服用しないのは、A隊員、M隊員と俺の3名。
実はこの判断が登山の行く末をわけることにその時は知る由もなかった。
服用組はこの日の夜からダイアモックスを半錠飲むことに。
みな緊張しながら服用していた。
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荷物の最終チェックとパッキングであっという間に寝る時間になってしまった。
 
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のほほんとアフリカのてっぺんに登ってみた 計画編

 
2011/01/31(Mon) Category : キリマンジャロ登山記
「私も登りたい!」
予想外の言葉に俺は思わず食べかけの春巻を落としそうになった。
というのも普段のY隊員の言動からは考えられない反応だったからである。ちょっとでも興味を示してくれれば御の字、おおかた「へー、そうなんだ」と興味なさ気に返答されてこの話題も終了してしまうものと思っていたところだったのである。
そもそもの始まりは、それぞれの任地に帰る前に一緒に食事をしている際に、残りの任期中にしたいことという話題に対して、「キリマンジャロに登ってみたい」と俺が言ったことだった。
さらに驚いたのは、そのY隊員の言葉に触発されたのかE隊員が「よし!じゃあ、みんなで登るか!」と続けたのである。
「じゃあ、ここの4人(俺、Y隊員、E隊員、S隊員)とDちゃんとMちゃんの6人で登ろう!」
こうしてキリマンジャロ登山の計画がスタートしたのであった。

話が決まってからのE隊員は実に精力的であった。
キリマンジャロの情報を熱心に収集し、日程・ルート・旅行会社などについて丹念に検討し、逐一我々にメールで情報を流してくれたのである。
ちなみにキリマンジャロ登頂にはいくつかルートがある。
有名なのはマラング・ルートとマチャメ・ルートである。
一番メジャーなマラングルートは別名コカコーラルートとも呼ばれており、登山中の宿泊は全泊、山小屋に泊まることができる。
登山道もよく整備されていて、とても歩きやすいそうである。
そしてもう一つが我々が選んだマチャメ・ルート。
マチャメ・ルートはテント泊でありアップダウンを繰り返す行程なのでマラング・ルートより日数も多くかかる。
では、なぜマラングではなくマチャメ・ルートを選んだかというと、登頂率に違いがあるからなのだ。
マラング・ルートはゆっくりと登れるのだが、最終アタック時に一気に高度を上げることになり、登頂率が意外と低いのである。
その点、マチャメ・ルートはアップダウンを繰り返す中で高度順応ができ、比較的登頂率が高い。

6人で登ろう!って言っていたものの、他の同期3名も参加を表明。
ところが言いだしっぺのY隊員がまさかまさかの「やっぱり私行かない」宣言。
そしてあとから参加表明したI隊員も直前に事情で参加できないことに。
結局行くことになったのは、全部で7名。
平均年齢32歳の「アラサー(含むアラフォー2名)登山隊」の誕生である。
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